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「晩年の美学を求めて」讀書心得
譯名:晚年的美學(天下雜誌出版)
作者:曾野綾子
譯者:姚巧梅
【前言】
看到雜誌上常寫著「保證可以年輕二十歲的神奇療法」、「不論笑幾次都不會有魚尾紋的靈藥」等的誇張廣告時,心裡總有「怎會有人輕易上當呢」的頑固想法,但總會在一期又一期的刊登之中感到驚異。「若真的沒人捧場的話應該早就收手不登了吧」的作祟心態就油然而生,慢慢地也會去相信這種荒唐的技術竟然在社會上永立不墜。但是後仔細推敲後才發現,其實這一切都是因為「恐老症」所使然,並不是這種療效真的存在。
為甚麼會恐老?是因為會病會死嗎?那少年人就不病不死嗎?又難道是因為肢體不便而孤獨嗎?那襁褓嬰兒不也不便而孤獨?這些恐懼感都令人覺得毫無來由。
無論是否恐老,我們都不能選擇自己是老或少,但至少我們可以選擇我們的心態,尤其在生命蛻變到某一個階段繼續發光發熱時,我們的靈魂是否也跟著身體變化的律動前進呢?
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忍耐して待つ 列王記上18章41~46節
山岡 創
「手のひらほどの小さい雲が海のかなたから上って来ます」
(列王記上18章44節)
眼前に洋々と広がっているのは地中海の大海原。それに望むカルメル山の頂に上ると、本当に海がこんなにも開けて見えたのでしょうか。まさに絶景です。
頂に二人の人がいます。預言者エリヤとその従者です。しかし、小さな悩みなど吹き飛びそうな、雄大なパノラマを目の前にして、エリヤはうずくまり、顔をひざの間にうずめて頭を抱えています。いったいどうしたのでしょうか。
時のイスラエル王アハブの暴挙に対し、神は罰として数年に及ぶ干しばつを持って臨みました。この神罰を預言したエリヤにその後三年目にして雨の神託が告げられます。待ちに待った雨です。エリヤは山に上り、海の方から雨雲がやって来るか、よく見よと従者に命じます。しかし、何も見えません。二度、三度と繰り返しましたが、やはり雨の兆候は見えません。“神の約束はどうなったのか!”エリヤは失望し、うずくまってしまったかのようです。
目の前の現実に心はあせり、何とかしようといたずらに動き回ることが、私たちの人生にもあります。しかし、どうにもならず、かえって、あがけばあがくほど深みにはまり苦悩と絶望の淵に落ち込んでいくことさえあります。そのような時こそ、心を落ち着け、忍耐して、静かに時機を待つことが必要なのではないでしょうか。
うずくまるエリヤに、海を見つめ続けた従者が七度目に告げます。「手のひらほどの小さい雲が海のかなたから上って来ます」と。水平線上に従者が指さしているには、約束の雨雲です。それはまだ、小さな雨雲ですが、やがて乾いた大地を包み、潤す豪雨となりました。
あきらめずに忍耐し、待ち続けると、真っ暗な人生の水平線にもきっと、小さな“希望の光”が上って来ます。その希望はやがて、私たちの乾いた心を癒す大雨になると信じて進みましょう。(「こころの友」より、日本キリスト教団出版局、2008年8月号、文唱堂)
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