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2008年02月的文章
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February 13, 2008
頁249
解説―「前人未踏」の花押研究 笠松宏至
ひと頃、“今……が面白い”というフレーズが流行ったことがあった。一九七九秋、雑誌『月刊百科』に「花押を読む試み(1) 裏返し文字の花押」が発表されたとき、“今花押が面白くなった”と、誰もがそう感じたのではないだろうか。北条早雲を裏返し直立させる。そこに実名「長氏」の二字がうかび上がる、と佐藤氏はいう。あまりの意外さに“本当かしら”、私はそう思った。多年佐藤氏が数々の著書・論文に接してきて、はじめての感想だった。緻密な論証と高度な論理性。それが強い説得力をもって読者に迫る作品ばかりであったからである。だが頁を追って、朝倉教景・近衛家煕と例示されると、今度も納得せざるを得なかった。そうして、“花押が面白くなった”のである。
もちろんそれまでも、歴史研究の上で、花押の存在が軽視されてきたわけではない。本
解說-「前人未踏」的花押研究 笠松宏至
前些日子,流行“現在……是有趣的」的慣用迵。在一九七年年秋雜誌《月刊百科》發表〈試讀花押(1)從裏面外翻的文字花押〉時,「現在花押是有趣的,誰都沒有感覺到嗎?北條早雲的花押是從裏往外翻直立起來。這是用實名「長氏」二個字」浮現出來,佐藤氏說。不意外「真的嗎」我認為是這樣的。多年後佐藤氏一個接一個著書及論文,這是最初的感想。緻密的論證與高度的論理性。讓讀者有很強的說服力。但是每頁頁,在朝倉教景、近衛家熙的例子中,這次得到結論。「花押是有趣的」。
當然至今,在歷史研究上,並沒有輕視花押的存在,
頁250
書「Ⅰ花押小史」に述べられているように、文書の年代比定や、真偽鑑定などさまざまに利用されてきた。そして私の知る限り、高次元の実証に花押を用い、鮮やかな成功を収める嚆矢ともいうべきは、今から六十年近くも昔、当時若冠二十余歳の佐藤氏であったように思われる。
即ち鎌倉時代後期の幕府の判決書(「関東・六波羅下知状」)の紙継目の裏に据えられた花押の数の変化、及びその主の考証によって、当時幕府裁判の中核的組織である引付の変遷を、まざまざと可視的に論証したのである(『鎌倉幕府訴訟制度の研究』一九四三年初刊)。この本の原型は、佐藤の卒業論文であるが、戦前という研究史段階で、学部卒論にこうしたハイレベルの作業がなされたという事実には、ただ驚くほかはない。
このよに佐藤と花押の因縁は古くかつ深いものであった。しかしそれはあくまでも“利用する”という立場であり、“読む”という視点を最初からもたれていたとは思えない。「花押の形や作り方が気になり出してから二十年近くになる。ふとしたことで歴史上の人物いく人かの花押を解説する仕事にかかわったのが、ことの始まりだった。」本書の「はしがき」はこう書き出されている。平凡社選書の一冊として本書が刊行されたのが一九八
本書所述〈Ⅰ花押小史〉,利用在各式各樣文書年代的比較及真偽鑑定等。因我所知有限,花押,應可作為用在再進一步的實證,成為各式成功的開始。至今已近六十年,當時二十多歲的佐藤式。
鎌倉時代後期的幕府判決書(「關東˙六波羅下知狀)的文書中有花押的數種變化,根據其主要的考證,當時幕府裁的重要組織關於訴訟的變遷,以可見到的證據來論證很清楚(《鎌倉幕府訴訟制度的研究》,一九四三年初刊)這本書的原型是佐藤氏的畢業論文,在戰前研究史的階段中,是很高水準的大學畢業論文,不外令人驚訝。
佐藤藤氏與花押的因緣是很早及深遠的。可是在徹底的「利用」的立場,我不認為「閱讀」是從最初的視點開始。
「注意花押的外形與作法已有近二十年。想不出來在歷史上的人有誰解說花押,是從他開始」。本書「序」寫到。作為平凡社選書,本書刊行是在一九八
頁251
八年だから、時系列的にいえば、「気になり出した」のはずいぶん古いことになる。それにしては、その時々の佐藤氏の学問的興味関心を、親しく伺う機会に恵まれてきた私の記憶の中に、これに類するものがまったくないのはどうしたことだろう。たぶんそれは、花押をタテにしたりヨコにしたり、あげくは裏返しにしたりする話を、花押といえばせいぜい頼朝と尊氏のそれくらいしか思い出せない私相手に、しかも紙も鉛筆もない珈琲店の席上では、さすがの佐藤氏も不適当と思われたせいだったのであろう。
それはともかく、この「はしがき」に、私は特別の感慨をおぼえた。それはこの仕事が「ふとしたこと」(具体的には某雑誌の表紙絵に用いる花押解説の連載であった由であるが)に始まったという事実である。なぜなら、著書・論文はもちろん、今や学界の貴重な財産ともいうべき『中世法制史料集』や『鎌倉・室町守護制度の研究』など幾多のライフワークは、それぞれが有機的な連関をもち、それぞれが佐藤氏にとって必然性をもつ仕事であって、「ふとしてこと」にきっかけをもつ本書は、まったくの異色の存在というほかないからである。
「花押なんて遊びですよ」、そういわれたのを聞いた憶えがある。右に述べた理由から、
八年,以一系列的,「注意」是很早的事。此時佐藤氏的學問興趣與關心,在我的記憶中伺機而給與幫忙。類似這樣是不全然如此。大部分的花押有縱寫橫書,結果是從裏向外翻面,所謂花押最大的限度,以我而言是賴朝與尊氏可是在沒有鉛筆及紙的咖啡店座位上,總之佐藤氏也無適合的樣子。
總之在「序」中,我覺得特別的感慨。這個工作是「偶然的」(具體的是因某雜誌的封面畫,連載花押解說而來)而關始的事實。為何會如此,當然是著書與論文,在今天學界的重要財產《中世法制史料集》、《鎌倉‧室町守護制度的研究》等多數的生活工作,是與這些有著有機的關連,因此這個工作對佐藤氏是必然的,在本書以「偶然」的,不外乎是不同的。
我回憶聽到「花押如何遊戲」。右方所述的理由中
頁252
私はこの言葉に単なる謙辞ではないものを感じる。しかしそれにしても恐るべき“遊び”ではあった。
こうして異例のきっかけから始まった作業は、十年たらずのうち、数編の論考を生み(これは佐藤氏にとって決して遅いペースではない)、花押研究にまったく前人未踏の分野を切り拓いた。花押を用いられ始めて約十一世紀、無数の花押が作られ使われて現在に至っている。しかしそれを“読み”秘められた背景を探ろうとした試みは、ほとんど皆無であった。いやむしろ発想そのものがなかったといってよいであろう。
では“ふとして”きっかけをもった佐藤氏が、なぜ比較的短時日の間に、かくも独創的な成果を生み出し得たのか、その理由を、本書の中でも一つの白眉ともいうべき信長花押を例として考えてみよう。高質な研究が、どのような土台の上に築かれていくかを考える好例となると思えるからである。
まず第一。「たまたま遥か後代の人物勝海舟の花押を寓目する機会を得て、これを手がかりとして」(本書一五六頁)。いうまでもなく佐藤氏は中世史家であり、発表された業績はほとんど中世の外に出ていない。しかし氏の学問的関心は全時代に及び、とくに「日記」
我的話不僅不是謙辭。可是恐怕應是「遊戲」。
在不同的例子中其關始作業的動機,不到十年,已有數編的考證(佐藤氏的決定不是緩慢的步調),花押研究是完全前人所未進行的分野。從花押開始使用大約是十一世紀,至今已創作出無數的花押。可是「閱讀」它,及試著去探索這個神秘的背景,大概都沒有人去做。不研究的想法當然沒有。
「偶然」對於佐藤氏,為何在短時間,可以得到成果呢?這個理由是在本書中有一個最特別的應是信長的花押。高品質的研究,是建立在怎樣的基礎上,這是個好例子。
首先,「偶然得到發現遙遠後代的人物勝海舟的花押,作為解決的方法」(本書一五六頁)。當然以佐藤來看是中世史家,發表的文章不外是中世史。可是他的學問是關心全面時代,
頁253
の蒐集を中心にした近現代政治史の造詣が深いことはつとに知られている。海舟花押との出合いは、決して“たまたま”ではないのである。
そして第二。これが一番の肝心であるが、海舟花押をみて、ただちにこれから勝麟太郎の「麟」の「草体の下半部を左右に開いた形」を直感し得る能力の持ち主であるという点である。佐藤氏の古文書の解読力については、今や伝説でさえある。一般に古文書を読むには(あたりまえだが)、(1)文字 (2)ことば (3)文章の論理 の三要素に熟達することが必要である。
佐藤氏はつねづね「自分は(1)不得意であり、したがって(2)・(3)から(1)を考えるという方法をとらざるを得ないことが多い」と語っておられるが、私には到底信じられない。「この字はこう読むのではないでしょうか」と私の問いに「いや違う。だってその字はこうこう書くでしょう」、そういってすらすらと草書体の文字を書き示してくださるのをみて、私がどれほどと羨望の念を禁じ得なかったことか。「読める」の背景に「書ける」があり、これが花押を「読む」ことの大きなポイントだと私は考える。
これにしても「麟」なんどという、めったにお目にかかれない文字のくずしをどうして
特別急於搜集「日記」,對近現代政治史也有很深的造詣。海舟花押的發現,覺不是「偶然」。
第二,這是很重要的。看海舟的花押,可以馬上從勝麟太郎的「麟」,直覺出其字有「草書體下半部是向左右展開」的能力。佐藤氏的古文書解讀力來看,現在及以前的說法應有(當然要)(1)文字(2)句子(3)文章的結構三個要素都很熟悉。
佐藤氏常常說「自己對(1)不熟,因此不得不由(2)(3)來推論(1)的情形很多」,我到底還是不相信。「這個字讀不懂嗎?」我說「不是的。但這個字是這樣寫」,可以順利去解讀出草書體,我不得不羨慕「閱讀」的背景是能「書寫」,這是「閱讀」花押很大的重點。
「麟」是怎樣,不太思索這個是怎樣的崩字
頁254
ご存じだったのか。もっとも佐藤氏はこういわれるにちがいない。「麟じゃなくて、鹿と粦の合成とみれば、べつに珍しくもなんともないですよ」。
そして第三。あたりまえのことだが、海舟花押をみて、信長のそれを連想しなければ、何も始まらない。つまり氏の脳裡に、「頻々花押を変えた信長の花押歴」がすべてインプットされ、いつでも呼び出し可能の状態にあったことを意味する。もっともこれも氏に聞けば、「信長の花押がなかなか読めなかったから、すぐ思い出しただけ。第一、信長の花押もしらないの貴方ぐらいのものですよ」といわれるかも知れない。
しかし「筆者は初めこれを解読できなかった」という淡々たる叙述の裏に、どれだけの試行錯誤があったことか、それは想像に難しくない。たとえ“遊び”であり“楽しみ”であっても、努力なしには結果が得られないことはいうまでもない。
そして第四。こうして信長花押を麟と解読した氏は、それだけでは終らない。義堂周信の文をひいて「麒麟」の意義を確定し、これと政治史上の信長の位置とを結びつけ、「平和一統の願いという政治理念をこめた花押を選定」と推定し、さらに間もなく使用が始まる有名「天下布武」の印を「隠微な形で花押にこめられた寓意の堂々たる開花と
呢?佐藤氏特別說這沒有不一樣。「不是麟,由鹿與粦合成來看,沒有什麼特別的」。
第三,當然從海舟的花押來看,並沒有不去開始連想到信長的花押。總之他的腦子裡已輸入「各種信長花押的變化」,何時都可以叫出來的狀態。最特別是他聽到的話「信長的花押,在不閱讀的狀況下,僅僅可以馬上想出來。第一可能是你也並不知道信長的花押」。
可是「筆者開始時無法解讀」淡淡的敘述著,誰都會有錯誤的思考,這個想像不難。如「遊戲」「享樂」,不努力是不無法得到結果。
第四是佐藤解讀信長的花押麟,是沒有停止。在義堂周信的文中確定了「麒麟」的意義,結合了政治史上的信長位置推定「選定花押是為了灌入和平一統願望的政治理念」,進一步以其有名的「天下布武」的印章結合「以隱藏的意涵加入花押表示其勢力展開」。
頁255
結んでいる。
佐藤氏の研究に親しみ学んだ者は、ここで必ず思い出すだろう。それは氏がもっとも得意とした論証手段、即ち
文書様式の変化→政治制度の改変→政治権力の変質
という手法である。そういえば「上杉朝興が宿敵伊勢宗瑞(北条早雲)と同形の花押を用いた」ことから「花押を地位のシンボルと見て、敵の花押を用いることに、敵の地位を奪い敵を斃す意を寓した」(四六頁)のくだりを読んだとき、私は氏の名著『南北朝の動乱』の印象的な一節、「建武式目」が「延喜・天暦の徳化」を範としている点について、「延喜・天暦にかえれ、とは後醍醐のスローガンだったはずだが、何くわぬ顔で、これも採りこんでいるところは、反対党のスローガンを吸収することによって、反対党の存在理由を失わせる現代政党のやり方まさに同じではないか」とあったのを思い出した。
花押を単なる花押に終らせず、この本を異色の歴史書たらしめているのは、巨大な智識の蓄積と、独自の歴史認識の方法論があったのである。
「はしがき」はこう結ぶ。「早く自信をもって「試み」を省けるようになりたいというの
與佐藤氏的研究親近的學者,認為這是一定會想到的。這是佐藤的論証得到
文書樣式的變化→政治制度的改變→政治權力的變質。
有這樣的手法。以此言之「上杉朝興與宿敵伊勢宗瑞(北條早雲)用一樣的花押」,從此閱讀時「花押是地位的象徵,用敵人的花押,是奪取敵人的地位,及暗指擊斃獻人之意」(頁46),我就其名著《南北朝的動亂》印象其中一節〈建武式目〉是「延喜‧天曆的德化」為範例,「回到延喜‧天曆,應是後醍醐的主張,但是這是怎樣的外表,來加入這個,吸收反對黨的主張,使反對黨失去存在的理由與現代政黨手法一樣,不是嗎」。
單單花押是無法終止花押,這個特別的歷史書,是累積了巨大的智識及有獨自的歷史認知的方法論。
「序」有這樣的結果。「早有了自信,希望省略了「嘗試」
頁256
が、わが切なる願いである」と。自らの学問を律することに厳しい佐藤氏が、少なくとも外に向かって「自信」を宣言される日は恐らく来ないだろう。来ないことをむしろ願いたい。なぜなら、私たちはさらにつづく「試み」の読者でいられるからである
(かさまつ ひろし/日本中世史)
92.2.17初稿
,我熱切期望。」佐藤氏對自己的學問很嚴謹,很少向外宣言「自信」,恐怕無法達成。當然期望無法達成。為何,我進一步繼續作為「嘗試」讀者。
(笠松宏至/日本中世史)97.2.2
解説―「前人未踏」の花押研究 笠松宏至
ひと頃、“今……が面白い”というフレーズが流行ったことがあった。一九七九秋、雑誌『月刊百科』に「花押を読む試み(1) 裏返し文字の花押」が発表されたとき、“今花押が面白くなった”と、誰もがそう感じたのではないだろうか。北条早雲を裏返し直立させる。そこに実名「長氏」の二字がうかび上がる、と佐藤氏はいう。あまりの意外さに“本当かしら”、私はそう思った。多年佐藤氏が数々の著書・論文に接してきて、はじめての感想だった。緻密な論証と高度な論理性。それが強い説得力をもって読者に迫る作品ばかりであったからである。だが頁を追って、朝倉教景・近衛家煕と例示されると、今度も納得せざるを得なかった。そうして、“花押が面白くなった”のである。
もちろんそれまでも、歴史研究の上で、花押の存在が軽視されてきたわけではない。本
解說-「前人未踏」的花押研究 笠松宏至
前些日子,流行“現在……是有趣的」的慣用迵。在一九七年年秋雜誌《月刊百科》發表〈試讀花押(1)從裏面外翻的文字花押〉時,「現在花押是有趣的,誰都沒有感覺到嗎?北條早雲的花押是從裏往外翻直立起來。這是用實名「長氏」二個字」浮現出來,佐藤氏說。不意外「真的嗎」我認為是這樣的。多年後佐藤氏一個接一個著書及論文,這是最初的感想。緻密的論證與高度的論理性。讓讀者有很強的說服力。但是每頁頁,在朝倉教景、近衛家熙的例子中,這次得到結論。「花押是有趣的」。
當然至今,在歷史研究上,並沒有輕視花押的存在,
頁250
書「Ⅰ花押小史」に述べられているように、文書の年代比定や、真偽鑑定などさまざまに利用されてきた。そして私の知る限り、高次元の実証に花押を用い、鮮やかな成功を収める嚆矢ともいうべきは、今から六十年近くも昔、当時若冠二十余歳の佐藤氏であったように思われる。
即ち鎌倉時代後期の幕府の判決書(「関東・六波羅下知状」)の紙継目の裏に据えられた花押の数の変化、及びその主の考証によって、当時幕府裁判の中核的組織である引付の変遷を、まざまざと可視的に論証したのである(『鎌倉幕府訴訟制度の研究』一九四三年初刊)。この本の原型は、佐藤の卒業論文であるが、戦前という研究史段階で、学部卒論にこうしたハイレベルの作業がなされたという事実には、ただ驚くほかはない。
このよに佐藤と花押の因縁は古くかつ深いものであった。しかしそれはあくまでも“利用する”という立場であり、“読む”という視点を最初からもたれていたとは思えない。「花押の形や作り方が気になり出してから二十年近くになる。ふとしたことで歴史上の人物いく人かの花押を解説する仕事にかかわったのが、ことの始まりだった。」本書の「はしがき」はこう書き出されている。平凡社選書の一冊として本書が刊行されたのが一九八
本書所述〈Ⅰ花押小史〉,利用在各式各樣文書年代的比較及真偽鑑定等。因我所知有限,花押,應可作為用在再進一步的實證,成為各式成功的開始。至今已近六十年,當時二十多歲的佐藤式。
鎌倉時代後期的幕府判決書(「關東˙六波羅下知狀)的文書中有花押的數種變化,根據其主要的考證,當時幕府裁的重要組織關於訴訟的變遷,以可見到的證據來論證很清楚(《鎌倉幕府訴訟制度的研究》,一九四三年初刊)這本書的原型是佐藤氏的畢業論文,在戰前研究史的階段中,是很高水準的大學畢業論文,不外令人驚訝。
佐藤藤氏與花押的因緣是很早及深遠的。可是在徹底的「利用」的立場,我不認為「閱讀」是從最初的視點開始。
「注意花押的外形與作法已有近二十年。想不出來在歷史上的人有誰解說花押,是從他開始」。本書「序」寫到。作為平凡社選書,本書刊行是在一九八
頁251
八年だから、時系列的にいえば、「気になり出した」のはずいぶん古いことになる。それにしては、その時々の佐藤氏の学問的興味関心を、親しく伺う機会に恵まれてきた私の記憶の中に、これに類するものがまったくないのはどうしたことだろう。たぶんそれは、花押をタテにしたりヨコにしたり、あげくは裏返しにしたりする話を、花押といえばせいぜい頼朝と尊氏のそれくらいしか思い出せない私相手に、しかも紙も鉛筆もない珈琲店の席上では、さすがの佐藤氏も不適当と思われたせいだったのであろう。
それはともかく、この「はしがき」に、私は特別の感慨をおぼえた。それはこの仕事が「ふとしたこと」(具体的には某雑誌の表紙絵に用いる花押解説の連載であった由であるが)に始まったという事実である。なぜなら、著書・論文はもちろん、今や学界の貴重な財産ともいうべき『中世法制史料集』や『鎌倉・室町守護制度の研究』など幾多のライフワークは、それぞれが有機的な連関をもち、それぞれが佐藤氏にとって必然性をもつ仕事であって、「ふとしてこと」にきっかけをもつ本書は、まったくの異色の存在というほかないからである。
「花押なんて遊びですよ」、そういわれたのを聞いた憶えがある。右に述べた理由から、
八年,以一系列的,「注意」是很早的事。此時佐藤氏的學問興趣與關心,在我的記憶中伺機而給與幫忙。類似這樣是不全然如此。大部分的花押有縱寫橫書,結果是從裏向外翻面,所謂花押最大的限度,以我而言是賴朝與尊氏可是在沒有鉛筆及紙的咖啡店座位上,總之佐藤氏也無適合的樣子。
總之在「序」中,我覺得特別的感慨。這個工作是「偶然的」(具體的是因某雜誌的封面畫,連載花押解說而來)而關始的事實。為何會如此,當然是著書與論文,在今天學界的重要財產《中世法制史料集》、《鎌倉‧室町守護制度的研究》等多數的生活工作,是與這些有著有機的關連,因此這個工作對佐藤氏是必然的,在本書以「偶然」的,不外乎是不同的。
我回憶聽到「花押如何遊戲」。右方所述的理由中
頁252
私はこの言葉に単なる謙辞ではないものを感じる。しかしそれにしても恐るべき“遊び”ではあった。
こうして異例のきっかけから始まった作業は、十年たらずのうち、数編の論考を生み(これは佐藤氏にとって決して遅いペースではない)、花押研究にまったく前人未踏の分野を切り拓いた。花押を用いられ始めて約十一世紀、無数の花押が作られ使われて現在に至っている。しかしそれを“読み”秘められた背景を探ろうとした試みは、ほとんど皆無であった。いやむしろ発想そのものがなかったといってよいであろう。
では“ふとして”きっかけをもった佐藤氏が、なぜ比較的短時日の間に、かくも独創的な成果を生み出し得たのか、その理由を、本書の中でも一つの白眉ともいうべき信長花押を例として考えてみよう。高質な研究が、どのような土台の上に築かれていくかを考える好例となると思えるからである。
まず第一。「たまたま遥か後代の人物勝海舟の花押を寓目する機会を得て、これを手がかりとして」(本書一五六頁)。いうまでもなく佐藤氏は中世史家であり、発表された業績はほとんど中世の外に出ていない。しかし氏の学問的関心は全時代に及び、とくに「日記」
我的話不僅不是謙辭。可是恐怕應是「遊戲」。
在不同的例子中其關始作業的動機,不到十年,已有數編的考證(佐藤氏的決定不是緩慢的步調),花押研究是完全前人所未進行的分野。從花押開始使用大約是十一世紀,至今已創作出無數的花押。可是「閱讀」它,及試著去探索這個神秘的背景,大概都沒有人去做。不研究的想法當然沒有。
「偶然」對於佐藤氏,為何在短時間,可以得到成果呢?這個理由是在本書中有一個最特別的應是信長的花押。高品質的研究,是建立在怎樣的基礎上,這是個好例子。
首先,「偶然得到發現遙遠後代的人物勝海舟的花押,作為解決的方法」(本書一五六頁)。當然以佐藤來看是中世史家,發表的文章不外是中世史。可是他的學問是關心全面時代,
頁253
の蒐集を中心にした近現代政治史の造詣が深いことはつとに知られている。海舟花押との出合いは、決して“たまたま”ではないのである。
そして第二。これが一番の肝心であるが、海舟花押をみて、ただちにこれから勝麟太郎の「麟」の「草体の下半部を左右に開いた形」を直感し得る能力の持ち主であるという点である。佐藤氏の古文書の解読力については、今や伝説でさえある。一般に古文書を読むには(あたりまえだが)、(1)文字 (2)ことば (3)文章の論理 の三要素に熟達することが必要である。
佐藤氏はつねづね「自分は(1)不得意であり、したがって(2)・(3)から(1)を考えるという方法をとらざるを得ないことが多い」と語っておられるが、私には到底信じられない。「この字はこう読むのではないでしょうか」と私の問いに「いや違う。だってその字はこうこう書くでしょう」、そういってすらすらと草書体の文字を書き示してくださるのをみて、私がどれほどと羨望の念を禁じ得なかったことか。「読める」の背景に「書ける」があり、これが花押を「読む」ことの大きなポイントだと私は考える。
これにしても「麟」なんどという、めったにお目にかかれない文字のくずしをどうして
特別急於搜集「日記」,對近現代政治史也有很深的造詣。海舟花押的發現,覺不是「偶然」。
第二,這是很重要的。看海舟的花押,可以馬上從勝麟太郎的「麟」,直覺出其字有「草書體下半部是向左右展開」的能力。佐藤氏的古文書解讀力來看,現在及以前的說法應有(當然要)(1)文字(2)句子(3)文章的結構三個要素都很熟悉。
佐藤氏常常說「自己對(1)不熟,因此不得不由(2)(3)來推論(1)的情形很多」,我到底還是不相信。「這個字讀不懂嗎?」我說「不是的。但這個字是這樣寫」,可以順利去解讀出草書體,我不得不羨慕「閱讀」的背景是能「書寫」,這是「閱讀」花押很大的重點。
「麟」是怎樣,不太思索這個是怎樣的崩字
頁254
ご存じだったのか。もっとも佐藤氏はこういわれるにちがいない。「麟じゃなくて、鹿と粦の合成とみれば、べつに珍しくもなんともないですよ」。
そして第三。あたりまえのことだが、海舟花押をみて、信長のそれを連想しなければ、何も始まらない。つまり氏の脳裡に、「頻々花押を変えた信長の花押歴」がすべてインプットされ、いつでも呼び出し可能の状態にあったことを意味する。もっともこれも氏に聞けば、「信長の花押がなかなか読めなかったから、すぐ思い出しただけ。第一、信長の花押もしらないの貴方ぐらいのものですよ」といわれるかも知れない。
しかし「筆者は初めこれを解読できなかった」という淡々たる叙述の裏に、どれだけの試行錯誤があったことか、それは想像に難しくない。たとえ“遊び”であり“楽しみ”であっても、努力なしには結果が得られないことはいうまでもない。
そして第四。こうして信長花押を麟と解読した氏は、それだけでは終らない。義堂周信の文をひいて「麒麟」の意義を確定し、これと政治史上の信長の位置とを結びつけ、「平和一統の願いという政治理念をこめた花押を選定」と推定し、さらに間もなく使用が始まる有名「天下布武」の印を「隠微な形で花押にこめられた寓意の堂々たる開花と
呢?佐藤氏特別說這沒有不一樣。「不是麟,由鹿與粦合成來看,沒有什麼特別的」。
第三,當然從海舟的花押來看,並沒有不去開始連想到信長的花押。總之他的腦子裡已輸入「各種信長花押的變化」,何時都可以叫出來的狀態。最特別是他聽到的話「信長的花押,在不閱讀的狀況下,僅僅可以馬上想出來。第一可能是你也並不知道信長的花押」。
可是「筆者開始時無法解讀」淡淡的敘述著,誰都會有錯誤的思考,這個想像不難。如「遊戲」「享樂」,不努力是不無法得到結果。
第四是佐藤解讀信長的花押麟,是沒有停止。在義堂周信的文中確定了「麒麟」的意義,結合了政治史上的信長位置推定「選定花押是為了灌入和平一統願望的政治理念」,進一步以其有名的「天下布武」的印章結合「以隱藏的意涵加入花押表示其勢力展開」。
頁255
結んでいる。
佐藤氏の研究に親しみ学んだ者は、ここで必ず思い出すだろう。それは氏がもっとも得意とした論証手段、即ち
文書様式の変化→政治制度の改変→政治権力の変質
という手法である。そういえば「上杉朝興が宿敵伊勢宗瑞(北条早雲)と同形の花押を用いた」ことから「花押を地位のシンボルと見て、敵の花押を用いることに、敵の地位を奪い敵を斃す意を寓した」(四六頁)のくだりを読んだとき、私は氏の名著『南北朝の動乱』の印象的な一節、「建武式目」が「延喜・天暦の徳化」を範としている点について、「延喜・天暦にかえれ、とは後醍醐のスローガンだったはずだが、何くわぬ顔で、これも採りこんでいるところは、反対党のスローガンを吸収することによって、反対党の存在理由を失わせる現代政党のやり方まさに同じではないか」とあったのを思い出した。
花押を単なる花押に終らせず、この本を異色の歴史書たらしめているのは、巨大な智識の蓄積と、独自の歴史認識の方法論があったのである。
「はしがき」はこう結ぶ。「早く自信をもって「試み」を省けるようになりたいというの
與佐藤氏的研究親近的學者,認為這是一定會想到的。這是佐藤的論証得到
文書樣式的變化→政治制度的改變→政治權力的變質。
有這樣的手法。以此言之「上杉朝興與宿敵伊勢宗瑞(北條早雲)用一樣的花押」,從此閱讀時「花押是地位的象徵,用敵人的花押,是奪取敵人的地位,及暗指擊斃獻人之意」(頁46),我就其名著《南北朝的動亂》印象其中一節〈建武式目〉是「延喜‧天曆的德化」為範例,「回到延喜‧天曆,應是後醍醐的主張,但是這是怎樣的外表,來加入這個,吸收反對黨的主張,使反對黨失去存在的理由與現代政黨手法一樣,不是嗎」。
單單花押是無法終止花押,這個特別的歷史書,是累積了巨大的智識及有獨自的歷史認知的方法論。
「序」有這樣的結果。「早有了自信,希望省略了「嘗試」
頁256
が、わが切なる願いである」と。自らの学問を律することに厳しい佐藤氏が、少なくとも外に向かって「自信」を宣言される日は恐らく来ないだろう。来ないことをむしろ願いたい。なぜなら、私たちはさらにつづく「試み」の読者でいられるからである
(かさまつ ひろし/日本中世史)
92.2.17初稿
,我熱切期望。」佐藤氏對自己的學問很嚴謹,很少向外宣言「自信」,恐怕無法達成。當然期望無法達成。為何,我進一步繼續作為「嘗試」讀者。
(笠松宏至/日本中世史)97.2.2
February 2, 2008
〈桌上應必備的器具1-インクウェルinkwell(墨水瓶)〉,《趣味的文具箱》,第六號,2007年1月,頁64。
將筆浸入來書寫文字,將墨水加入專用的墨水瓶來交替使用。不僅是有效率的使用墨水,還可替換美觀的容器,可以表演出奢侈的「手寫的時光」。
建議筆尖從墨水瓶直接浸入墨水的人,是有效率且聰明的使用方法。墨水在今日是必備的,請使用不同的墨水瓶。僅僅使用時取出墨水,不用擔心酸化,萬一倒出來,也僅一瓶沒關係。
墨水瓶(inkwell)是以美國樣式的墨水瓶用語。「well」是表示泉及水井般凹陷狀的口。在英國是稱為「inkpot」。在古埃及時代以蘆葦書寫在紙莎草及羊皮紙上的史料,可以知道有這樣的器皿存在。
在使用時,筆尖的墨水沾取(玻璃筆時是以溝的部分)充分吸收墨。蓋子的話2~3日打開一次。密閉性低的東西,一次使用後要整理才是理想的狀態。使用頻繁的話,在使用後以布來擦拭。長期不使用以熱水來清洗,再以乾布擦拭。
〈桌上應必備的器具2-ブロッターblotter(吸墨器)〉,《趣味的文具箱》,第六號,2007年1月,頁66。
使用鋼筆時,控制墨水量之用,注意目墨水的擴散「持續的書寫時」,這是反映各位讀者的意見,在使用吸墨紙時,請試著注意「blotter」。
極粗筆尖的鋼筆,書寫的筆跡是很有魅力的。等待墨水乾的時間,有種醍醐味。但是有時快筆書寫,希望墨水快點乾。這時手邊有個好東西,如船底外形的吸墨器,作為吸墨紙的器具。
最初鋼筆文化,吸墨器在書寫時文件是必要的東西。現在是以印刷品文件。偶爾以墨水來書寫簽名,為使早點乾燥,使用吸墨器。可是這不是必要的。在桌上並不一定要有的東西。
將筆浸入來書寫文字,將墨水加入專用的墨水瓶來交替使用。不僅是有效率的使用墨水,還可替換美觀的容器,可以表演出奢侈的「手寫的時光」。
建議筆尖從墨水瓶直接浸入墨水的人,是有效率且聰明的使用方法。墨水在今日是必備的,請使用不同的墨水瓶。僅僅使用時取出墨水,不用擔心酸化,萬一倒出來,也僅一瓶沒關係。
墨水瓶(inkwell)是以美國樣式的墨水瓶用語。「well」是表示泉及水井般凹陷狀的口。在英國是稱為「inkpot」。在古埃及時代以蘆葦書寫在紙莎草及羊皮紙上的史料,可以知道有這樣的器皿存在。
在使用時,筆尖的墨水沾取(玻璃筆時是以溝的部分)充分吸收墨。蓋子的話2~3日打開一次。密閉性低的東西,一次使用後要整理才是理想的狀態。使用頻繁的話,在使用後以布來擦拭。長期不使用以熱水來清洗,再以乾布擦拭。
〈桌上應必備的器具2-ブロッターblotter(吸墨器)〉,《趣味的文具箱》,第六號,2007年1月,頁66。
使用鋼筆時,控制墨水量之用,注意目墨水的擴散「持續的書寫時」,這是反映各位讀者的意見,在使用吸墨紙時,請試著注意「blotter」。
極粗筆尖的鋼筆,書寫的筆跡是很有魅力的。等待墨水乾的時間,有種醍醐味。但是有時快筆書寫,希望墨水快點乾。這時手邊有個好東西,如船底外形的吸墨器,作為吸墨紙的器具。
最初鋼筆文化,吸墨器在書寫時文件是必要的東西。現在是以印刷品文件。偶爾以墨水來書寫簽名,為使早點乾燥,使用吸墨器。可是這不是必要的。在桌上並不一定要有的東西。
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